アマゾン川には、ほかの魚のエラに入り込み、血を利用して暮らす小さなナマズがいます。カンディルです。細長く目立ちにくい体を持ち、普段は川底の砂などに潜んでいますが、大型の魚に近づくとエラの中へ入り、血管を傷つけて短時間で血を取り込みます。
カンディルといえば、「川で排尿すると尿に引き寄せられ、人間の尿道へ入り込む」という話でも有名です。しかし、この話には古い伝承や疑わしい事例が混ざっており、実験でも尿に強く引き寄せられるという結果は得られていません。
ここでは、代表的なカンディルである Vandellia cirrhosa を中心に、生息地や吸血の仕組み、人間をめぐる有名な話について紹介します。
「カンディル」は一種類だけではない
カンディルという名前は、南アメリカに生息する複数の小型ナマズに使われています。代表的なのが、ナマズ目トリコミュクテルス科に属する Vandellia cirrhosa で、成魚はほかの魚の血を利用して暮らします。
一方、「カンディル」と呼ばれる魚の中には、魚の皮膚や鱗、粘液を食べるものや、死んだ動物の肉を利用するものもいます。見た目や食べ方の異なる複数のグループが同じ名前で呼ばれているため、「カンディル=すべて吸血魚」というわけではありません。
この記事では、その中でも特に有名な Vandellia cirrhosa を中心に扱います。
アマゾン川とオリノコ川の低地に分布する
Vandellia cirrhosa は南アメリカの淡水に生息しています。現在の分類資料では、アマゾン川流域とオリノコ川流域の低地から知られ、ブラジル、ペルー、コロンビア、エクアドル、ボリビアで確認されています。
体は細長く、白っぽく半透明に見えます。最大では17cmほどになる記録がありますが、小型の個体では細い棒のような姿をしています。
普段は砂地などの川底に体を潜らせています。血を得るために活動するときには、昼夜を問わず動くことが確認されています。
大型魚のエラへ入り込む
カンディルが血を得る相手は、主に自分よりはるかに大きな魚です。宿主となる魚へ近づくと、エラぶたの隙間から内部へ入り込み、血管の多い場所へ向かいます。
2004年に行われた観察では、カンディルがエラにある太い血管の近くへ取りつき、血を得る様子が確認されました。ただし、一度入り込んだ魚の中で長期間暮らし続けるわけではありません。
血で腹部が膨らむと宿主から離れ、再び川底へ戻ります。一般的な寄生虫のように同じ宿主に長くとどまるのではなく、短時間で血を得て離れるのが特徴です。
血を「吸う」というより、流れ出した血を取り込む
カンディルは「吸血魚」や「バンパイアフィッシュ」と呼ばれることがあります。しかし、蚊のように自分の力で血を吸い上げる特別な仕組みを持っているわけではありません。
口には細く鋭い歯があり、これを使って魚のエラにある血管を傷つけます。そこから流れ出した血が消化管へ入り、短時間で腹部が大きく膨らみます。
つまり、カンディル自身が血を強く吸い込むというより、宿主の血圧によって流れ出した血を利用しています。2004年の観察では、エラへ入り込んでから血を得て離れるまでに30〜145秒ほどかかりました。
宿主の魚も侵入を防ごうとする
カンディルに狙われる魚も、何もせず血を取られているわけではありません。実験で使われたタンバキでは、カンディルがエラへ入ろうとすると、エラぶたで押さえ込んだり、胸びれを使って払い落としたりする行動が観察されています。
さらに、エラの動きを弱めたり、一時的に止めたりして、カンディルが入り込みにくくすることもありました。カンディルが魚のエラへ侵入しようとする一方で、宿主側にもそれを防ぐための行動が見られます。
カンディルはどうやって魚を見つける?
カンディルについて古くから語られてきたのが、「尿素やアンモニアなどのにおいを頼りに魚を探す」という説です。魚はエラから窒素を含む物質を排出するため、カンディルがそれを感知して宿主へ近づくのではないかと考えられていました。
この説が、後に「人間の尿にも引き寄せられる」という有名な話につながりました。
しかし、2001年に吸血性の近縁カンディルを使って行われた実験では、人間の尿、アンモニア、アミノ酸、魚の粘液などを水中へ加えても、特別な反応は確認されませんでした。一方、生きた魚には反応しています。
この結果から、少なくとも調べられたカンディルでは、尿の成分だけを頼りに宿主を探しているとは考えにくく、視覚など別の手がかりも重要だと考えられています。
「尿をたどって人間の体に入る」は本当?
カンディルについて最も有名なのが、「川の中で排尿すると、尿をたどって泳いできたカンディルが尿道へ入り込む」という話です。このような話は19世紀の探検記や博物学者の記録にも登場します。
中には、水面より上から流れ落ちる尿を魚が逆向きに泳ぎ、人間の体内へ入るという話まで伝えられてきました。しかし、現在ではこうした説明をそのまま事実と考える根拠はありません。
実験では尿そのものへの強い誘引反応は確認されておらず、カンディルが人間の尿を探して泳ぎ回ることも示されていません。本来の宿主は人間ではなく、ほかの魚です。
1997年に報告された有名な事例
人間への侵入例として繰り返し紹介されるのが、1997年にブラジルで報告された事例です。男性の尿道からカンディルとされた魚が取り除かれたというもので、処置の映像や取り出された魚の記録も残されています。
ただし、この事例については後にいくつもの疑問が指摘されました。取り出された魚の大きさは約13cmあり、本人が説明した侵入方法との間にも不自然な点があります。
2015年に医学誌で発表されたレビューでも、カンディルによる人間の尿道への侵入について、過去の報告には信頼性や実際に起こり得るかという点で疑問が残ると整理されています。そのため、「カンディルが人間の尿道へ頻繁に侵入する」と考えるのは誤りです。
少なくとも現在の証拠から、人間を狙って尿道へ入り込むことを、この魚の通常の習性として扱うことはできません。
なぜ「恐ろしい魚」として有名になった?
人間への話を別にしても、カンディルの本来の生態はかなり独特です。小さな魚が自分よりはるかに大きな魚のエラへ入り込み、血管を傷つけ、短時間で血を取り込んで離れていきます。
こうした実際の生態に、人間の体へ侵入するという古い伝承が加わり、「アマゾンの恐ろしい魚」というイメージが広がりました。探検記や書籍、テレビ番組などで繰り返し紹介されたことも、カンディルの知名度を高めています。
しかし、生物として見ると、人間を襲うことよりも、ほかの魚の血を利用する特殊な食生活のほうが、この魚本来の大きな特徴です。
カンディルの仲間にはさまざまな食性がある
カンディルと呼ばれる魚が、すべて血を食べているわけではありません。Vandellia を含む吸血性のグループでは、成魚がほかの魚の血を利用します。
別のグループには、魚の鱗や皮膚、粘液を削り取って食べるものがいます。さらに、死んだ魚などの肉を食べる種類も「カンディル」と呼ばれています。
そのため、カンディルという名前だけで食べ方を一つに決めることはできません。南米に暮らす小型のナマズ類に広く使われてきた呼び名であり、その中には異なる生活をする魚が含まれています。
保全状況
Vandellia cirrhosa は、IUCNレッドリストで「低懸念(LC)」に分類されています。アマゾン川やオリノコ川の低地に広く分布し、現在のところ種全体が絶滅の危機にあるとは評価されていません。
一方、小さく見つけにくい魚でもあり、繁殖や成長など詳しく調べられていない部分も残っています。吸血という目立つ特徴に比べると、その一生についてはまだ知られていないことの多い魚です。
まとめ
- カンディルという名前は、南アメリカに生息する複数の小型ナマズに使われています。
- 代表的な Vandellia cirrhosa は、アマゾン川やオリノコ川の低地に分布しています。
- 最大では17cmほどになり、普段は川底の砂などに潜んでいます。
- 大型魚のエラへ入り、鋭い歯で血管を傷つけて血を取り込みます。
- 宿主の血圧によって流れ出した血を利用し、観察では30〜145秒ほどで宿主から離れました。
- 「人間の尿に引き寄せられる」という説は、実験では支持されていません。
- 人間の尿道へ侵入したとされる報告はありますが、特に有名な1997年の事例にも疑問が残っています。
- 人間を狙って尿道へ入り込むことは、カンディルの通常の習性とは考えられていません。
- IUCNレッドリストでは低懸念(LC)に分類されています。
カンディルについては、人間の体へ入り込むという話ばかりが有名になっています。しかし、本来注目したいのは、自分よりはるかに大きな魚のエラへ入り、わずかな時間で血を得て離れる特殊な暮らしです。
「尿を追って人間を襲う怪魚」というイメージから離れて見ると、南米の河川で独特な食生活を進化させた、小型ナマズとしての姿が見えてきます。
📚主要参考文献・参照ソース
- Zuanon, J. & Sazima, I. (2004). “Vampire catfishes seek the aorta not the jugular: candirus of the genus Vandellia (Trichomycteridae) feed on major gill arteries of host fishes.” aqua, Journal of Ichthyology and Aquatic Biology, 8(1), 31–36.
- Spotte, S., Petry, P. & Zuanon, J. A. S. (2001). “Experiments on the feeding behavior of the hematophagous candiru, Vandellia cf. plazaii.” Environmental Biology of Fishes, 60, 459–464.
- Hadjipavlou, M., Tay, J. & Philippou, Y. (2015). “Candiru: The ‘Urethral Invader’ Fish – Myths and Facts.” The Journal of Urology, 193(4S).
- Eschmeyer’s Catalog of Fishes. Vandellia cirrhosa.
- FishBase. Vandellia cirrhosa.

