池や水田の中を、丸みのある体で素早く泳ぐゲンゴロウ。日本を代表する水生昆虫の一つで、名前を知っている人も多いのではないでしょうか。
水中で生活していますが、ゲンゴロウは魚のようにえらで呼吸するわけではありません。ときどき水面まで上がって空気を取り込み、必要になると翅を広げて別の水辺へ飛んでいくこともできます。
幼虫になると成虫とはかなり違った姿になり、大きなあごで水生昆虫などを捕らえます。成長した幼虫は水から上がり、岸辺の土の中で蛹になるという、一生の途中で水中と陸上の両方を利用する昆虫です。
かつて大型のゲンゴロウは日本各地の池や水田で見られましたが、現在では多くの地域で数を減らしています。ここでは、ゲンゴロウの特徴や生息地、食べ物、一生、飼育方法、減少している理由などについて紹介します。
ゲンゴロウとは
ゲンゴロウは、コウチュウ目ゲンゴロウ科に属する水生昆虫です。
「ゲンゴロウ」という名前には、ゲンゴロウ科に属する昆虫全体を指す場合と、その中の一種であるゲンゴロウを指す場合があります。
2022年に刊行された『日本昆虫目録』に基づく整理では、日本のゲンゴロウ科から140種2亜種が知られています。数mmほどしかない小型種から数cmになる大型種まで、大きさや暮らす環境はさまざまです。
その中でも特に大型で、昔から「ゲンゴロウ」として知られてきた種類が Cybister chinensis です。ほかのゲンゴロウ類と区別するため、ナミゲンゴロウやオオゲンゴロウと呼ばれることもあります。
この記事では、主にこの大型種のゲンゴロウについて紹介します。
日本最大のゲンゴロウ
成虫の体長は34〜42mmほどで、日本に生息するゲンゴロウ科では最大の種類です。
体は卵形でやや平たく、背面は暗い緑色から褐色をしています。光が当たると緑色の光沢が見え、前胸部から上翅の外側にかけて黄褐色の縁取りがあります。
丸みを帯びた滑らかな体は、水の抵抗を受けにくい形をしています。後ろ脚は幅広く、その周囲には長い毛が並んでおり、水中ではこの脚をオールのように動かして泳ぎます。
オスとメスの違い
ゲンゴロウは、オスとメスで体の一部に違いがあります。
特に分かりやすいのが前脚です。オスの前脚には丸く広がった部分があり、その表面に多数の小さな吸盤があります。交尾するときに、この吸盤を使ってメスの背中につかまります。
上翅の表面にも雌雄差があり、オスは比較的滑らかです。メスには上翅に細かな溝が目立つ個体が多く見られますが、地域や個体によって違いがあります。
水中生活に適した体
ゲンゴロウの体には、水中で生活するためのさまざまな特徴があります。泳ぐための後ろ脚だけでなく、水面から空気を取り込みながら潜水する仕組みや、別の水辺へ移動するための翅も持っています。
後ろ脚を使って素早く泳ぐ
ゲンゴロウが泳ぐときには、左右の後ろ脚をほぼ同時に後方へかきます。脚の周囲に並んだ毛が広がって水を押すことで、勢いよく前へ進みます。
脚を元の位置へ戻すときには毛がたたまれ、水の抵抗を小さくできます。水草の間を移動するときだけでなく、餌へ近づいたり危険から逃げたりするときにも、この後ろ脚が活躍します。
前脚と中脚は、水草や餌につかまるときによく使われます。泳ぐための後ろ脚と、物をつかむための前方の脚を使い分けながら水中で生活しています。
水中でも空気を呼吸する
ゲンゴロウは水生昆虫ですが、成虫は空気中の酸素を呼吸しています。
水面まで上がると腹部の先を水面へ近づけ、上翅と腹部の間に空気を取り込みます。その空気を持ったまま水中へ潜り、呼吸に利用します。
水槽で飼育すると、ときどき水面近くで腹部の先を上に向けている姿を見ることがあります。しばらく潜水すると再び水面へ戻り、空気を補給します。
そのため、飼育するときにも水面へ自由に上がれる環境が必要です。
翅を広げて飛ぶこともある
ゲンゴロウは泳ぐだけでなく、飛ぶこともできる昆虫です。
普段は硬い上翅の下に後翅を折りたたんでいますが、移動するときには翅を広げて飛び立ちます。新しい水辺を探して移動することがあり、夜間に灯火へ飛来することもあります。
水田やため池などの環境は、季節や水量によって大きく変化します。飛翔能力を持つことで、条件のよい別の水辺へ移動することができます。
飼育下でも飛んで逃げる可能性があるため、水槽には通気性のあるふたを取り付けます。
ゲンゴロウの生息地
ゲンゴロウは北海道から九州まで分布し、平地から山地にある池や沼、ため池、水田、休耕田などで暮らします。
特に利用するのは、水草が豊富で、ある程度まとまった水が残る場所です。ヒルムシロやジュンサイなどが生える池沼も代表的な生息環境として知られています。
水草は隠れ場所になるだけでなく、産卵にも利用されます。また、幼虫が成長した後には岸へ上がって土の中で蛹になるため、水辺の周囲に柔らかい土が残されていることも重要です。
水の中だけでなく、岸辺まで含めた環境を利用しながら一生を送っています。
ゲンゴロウの食べ物
ゲンゴロウは肉食性が強い昆虫です。ただし、成虫と幼虫では餌の捕らえ方や食べ方にかなり違いがあります。
成虫は動物質の餌を食べる
成虫のゲンゴロウは、水中にいるさまざまな動物を食べます。
弱った魚や水生昆虫などを捕らえるほか、水中にある動物の死骸も利用します。餌を見つけると前脚や中脚でつかみ、大きなあごで少しずつかじって食べます。
複数のゲンゴロウが一つの餌へ集まることもあります。死んだ動物もよく利用する点は、主に生きた獲物を捕らえる幼虫との大きな違いです。
幼虫は大型のハンター
ゲンゴロウの幼虫は、丸みを帯びた成虫とはかなり違った姿をしています。
孵化したばかりの1齢幼虫でも体長は約25mmあり、細長い体と大きな頭、鎌のような大あごを持っています。2回の脱皮を行って3齢幼虫になると、8cmほどまで成長します。
幼虫は水生昆虫や小魚など、生きた動物を積極的に捕らえます。大きなあごを獲物へ突き刺し、消化液を送り込んで体の中身を液状にしてから吸い取ります。
見た目だけでなく食べ方も成虫とは大きく異なり、ゲンゴロウの一生の中でも特に捕食性の強い時期です。
幼虫も水面から空気を取り込む
ゲンゴロウの幼虫も、水中だけで呼吸を完結しているわけではありません。
水面近くまで上がり、腹部の先を水面へ出して空気を取り込みます。体を下向きにして、水面からぶら下がるような姿になることもあります。
餌を食べている途中にも呼吸する必要があるため、水面と水中を行き来しながら生活します。
ゲンゴロウの繁殖と成長
ゲンゴロウは、水草の中に産み付けられた卵から生まれます。幼虫は水中で急速に成長しますが、最後には水から上がって土の中で蛹になります。
水草の中に卵を産む
ゲンゴロウの繁殖は、主に春から夏に行われます。
メスは水辺に生えている植物を利用して産卵します。ヘラオモダカなどでは、葉柄の内部にあるスポンジ状の部分へ細長い卵を産み込みます。
東京動物園協会の飼育例では、卵は直径約1.5mm、長さ約13mmあり、産卵から約2週間で孵化しました。
孵化した幼虫は、メスが植物に開けた穴などから外へ出て水中生活を始めます。水草は成虫の隠れ場所だけでなく、卵を育てる場所としても使われています。
幼虫は3齢まで成長する
孵化した幼虫は、獲物を食べながら急速に大きくなります。
幼虫には1齢、2齢、3齢の3段階があり、その間に2回脱皮します。孵化直後には約25mmだった体が、3齢では8cmほどになります。
幼虫同士が出会うと共食いすることがあります。飼育施設でも、孵化した幼虫は一匹ずつ分けて育てられています。
成長した3齢幼虫は、やがて餌をほとんど食べなくなります。その後、水中から岸へ上がろうとする行動を見せるようになります。
水から上がって土の中で蛹になる
一生を水中で過ごしているように見えるゲンゴロウですが、蛹になるときには水から離れます。
十分に成長した幼虫は岸へ上がり、湿り気のある柔らかい土へ潜ります。土の中に丸い空間を作り、その中で前蛹を経て蛹になります。
東京動物園協会の飼育観察では、ゲンゴロウが作った蛹室は直径約4cmでした。土へ潜ってからしばらくすると幼虫は白い蛹へ変化し、さらにその後、成虫へ羽化します。
羽化したばかりの成虫は体が白く柔らかいため、すぐには地上へ出ません。体が硬くなってから蛹室を離れ、再び水中での生活を始めます。
ゲンゴロウが繁殖できる環境には、幼虫が上陸して潜ることのできる岸辺の土も欠かせません。
成虫の姿で冬を越す
夏に羽化したゲンゴロウは、その後も水中で生活を続けます。寒くなると活動量が減り、成虫の状態で冬を越します。
春になって水温が上昇すると再び活動が活発になり、繁殖期を迎えます。ゲンゴロウは比較的長生きする水生昆虫で、専門書では成虫の寿命は2〜3年ほどとされています。
一匹の成虫が複数回の冬を越し、翌年以降の繁殖期まで生きることもあります。
ゲンゴロウの飼育方法
成虫は水槽などを使って飼育できます。水中を泳ぐスペースを確保し、水草や流木など、つかまったり隠れたりできる場所を用意します。
成虫は呼吸のために水面へ上がるので、水面を完全にふさがないようにします。飛翔能力もあるため、水槽には通気性のあるふたを取り付けます。
直射日光が当たる場所では水温が急激に上がることがあります。水槽は強い日差しを避けた場所へ置き、高温にならないように管理します。
ゲンゴロウは動物質の餌を食べるため、食べ残しによって水が汚れやすい昆虫です。水質の悪化を防ぐことも飼育では重要になります。
飼育するときの餌
成虫には魚や昆虫などの動物質の餌を与えることができます。食べやすい大きさにして与え、残った餌は早めに水槽から取り除きます。
一度に大量の餌を入れると食べ残しによって水質が悪化するため、個体数や食欲を見ながら量を調整します。ろ過装置を利用する場合でも、底に残った餌や汚れは定期的に取り除きます。
ゲンゴロウは弱った魚などを捕食することがあります。飼育する場合はほかの魚との混泳を避け、ゲンゴロウだけで管理すると餌や水質の状態を確認しやすくなります。
幼虫は一匹ずつ飼育する
幼虫は成虫以上に捕食性が強く、共食いも起こります。複数の幼虫を同じ小さな容器へ入れて育てる方法には向いていません。
飼育施設では、孵化した幼虫を一匹ずつ小さな容器へ移して育てています。成長に合わせて昆虫などの動物質の餌を与え、食べ残しによる水質悪化にも注意します。
3齢幼虫が餌を食べなくなり、水から出ようとするようになったら蛹化が近づいています。この段階になると、湿った柔らかい土へ移動できる環境が必要になります。
成虫を飼うだけなら水槽で管理できますが、卵から次の成虫まで育てる場合には、水草、幼虫用の容器、蛹化用の土まで必要になります。
ゲンゴロウの減少と保全
大型のゲンゴロウは、かつて北海道から九州まで各地の池や水田などに生息していました。しかし、高度経済成長期以降、多くの地域で急速に減少しました。
現在は環境省の絶滅危惧II類に分類され、さらに特定第二種国内希少野生動植物種として保全の対象になっています。
かつては各地で見られた
環境省の資料では、現在も北海道から九州まで広い範囲に生息地が残る一方、千葉県、東京都、神奈川県、鹿児島県では絶滅したものとして扱われています。
ほかの地域でも生息地が局地的になっている場所があり、以前のように身近な水辺で普通に見られる昆虫ではなくなっています。
特定第二種国内希少野生動植物種に指定されている
ゲンゴロウは2023年1月から、種の保存法に基づく「特定第二種国内希少野生動植物種」に指定されています。
この制度では、販売や頒布を目的とした捕獲や譲渡などが規制されています。野生個体の過度な採集が、生息地に残された個体群へさらに影響することを防ぐための仕組みです。
ゲンゴロウの生息地では自治体独自の条例などが設けられている場合もあります。野外での採集や個体の取り扱いについては、環境省やその地域の最新情報を確認する必要があります。
ゲンゴロウが減少した理由
ゲンゴロウの減少には、さまざまな環境の変化が関係しています。
環境省は主な要因として、池沼の開発や土地造成、水質汚濁、農薬、圃場整備による水田環境の変化、外来生物による捕食、光害、ため池などの管理放棄、生息地の遷移、捕獲などを挙げています。
水草の豊富な池がなくなると、成虫が生活する場所だけでなく産卵場所も減ります。岸辺がコンクリートなどで固められると、幼虫が上陸して蛹になるための土も失われます。
オオクチバスやブルーギル、ウシガエル、アメリカザリガニなどの外来生物が入り込んだ水辺では、捕食や環境の変化による影響も起こります。
人が管理してきた水辺との関係
ゲンゴロウの生息地には、自然の池だけでなく、水田や農業用ため池など人が長く管理してきた環境も含まれています。
こうした場所では、草刈りや水管理が行われることで開けた水辺が維持されてきました。利用されなくなったため池や休耕田では植物の繁茂や陸地化が進み、ゲンゴロウが暮らしにくくなることがあります。
一方で、水辺を大きく改修したり、岸辺を全面的に人工物で覆ったりすると、幼虫が蛹になる場所を失います。
ゲンゴロウには、水草のある水域だけでなく、産卵できる植物、幼虫の餌となる生き物、蛹化できる岸辺の土などがそろった環境が必要です。
まとめ
- ゲンゴロウはコウチュウ目ゲンゴロウ科に属する水生昆虫です。
- 日本のゲンゴロウ科からは約140種が知られています。
- 大型種のゲンゴロウは体長34〜42mmほどで、日本最大のゲンゴロウ科です。
- 後ろ脚をオールのように動かして水中を素早く泳ぎます。
- 成虫は水面から空気を取り込み、上翅の下に空気を保持して潜ります。
- 成虫は弱った生き物や動物の死骸などを食べます。
- 幼虫は大きなあごで水生昆虫や小魚などの生きた獲物を捕らえます。
- メスは水草の組織の中へ細長い卵を産みます。
- 幼虫は2回脱皮して3齢まで成長し、最後は水から上がって土の中で蛹になります。
- 成虫は冬を越し、2〜3年ほど生きることがあります。
- 飼育では水質管理と逃走防止が重要で、幼虫は共食いを避けるため個別に管理します。
- 環境省では絶滅危惧II類に分類されています。
- 2023年から特定第二種国内希少野生動植物種に指定されています。
- 池や水田の減少、水質汚濁、農薬、外来生物、岸辺の改変などが減少に関係しています。
水の中を自在に泳ぐゲンゴロウですが、その一生は水中だけでは完結しません。水草の中で生まれた幼虫は水中で成長し、最後には岸へ上がって土の中で蛹となり、成虫になると再び水へ戻ります。
かつて身近だったゲンゴロウが暮らすためには、池や水田だけでなく、水草や餌となる生き物、柔らかな岸辺の土まで必要です。ゲンゴロウの暮らしを知ると、一つの水辺の中にあるさまざまな環境がつながっていることが見えてきます。
主要参考文献
- 環境省『知って守ろう タガメとゲンゴロウ』
- 環境省「国内希少野生動植物種 ゲンゴロウ」
- 日本昆虫目録編集委員会『日本昆虫目録 第6巻 鞘翅目 第1部』
- 森正人・北山昭『改訂版 図説日本のゲンゴロウ』文一総合出版
- 東京動物園協会「ゲンゴロウの孵化・幼虫・蛹化」に関する解説

