淡い青色の翅を広げ、ふわりと飛ぶアサギマダラ。日本で見られる蝶の中でも、長い距離を移動することで特によく知られています。
春から初夏には南から北へ、秋になると今度は北から南へ移動します。日本列島の中だけでなく、南西諸島や台湾との間を海を越えて移動した個体も確認されてきました。
長距離移動のほかにも、幼虫がキジョランなどの葉を食べることや、オスが植物から得た成分を繁殖に利用することなど、興味深い特徴を持っています。
ここでは、アサギマダラの特徴や食べ物、幼虫から成虫までの暮らし、季節ごとの長距離移動について紹介します。
アサギマダラとはどんな蝶?
アサギマダラはタテハチョウ科に属する大型の蝶です。翅を広げると10cm前後になり、日本では北海道から南西諸島まで姿が確認されています。
日本だけでなく、台湾や中国などアジアの広い地域に仲間が分布しています。日本と台湾の個体については、従来の Parantica sita の亜種とする扱いに加え、独立した Parantica niphonica とする研究もあります。
名前の由来は「浅葱色」
翅には黒褐色の筋で囲まれた、淡い青色の部分があります。この色が「浅葱色」と呼ばれる青緑がかった色を思わせることから、アサギマダラと名付けられました。
淡い部分は半透明に見え、後翅には赤褐色も入ります。黒、淡い青色、赤褐色が組み合わさった模様は、ほかの身近な蝶とはかなり印象が異なります。
オスとメスの見分け方
オスとメスはよく似ていますが、後翅を見ると見分けられます。
オスの後翅には黒っぽい斑紋があり、メスにはありません。この部分は香りを出す器官と関係しており、繁殖の際に使われます。
春と秋に長い距離を移動する
アサギマダラの大きな特徴が、季節に合わせて広い範囲を移動することです。
1980年に鹿児島で始まったマーキング調査は、その後全国へ広がりました。長年の記録から、春から初夏には北へ向かい、秋には南へ向かう大きな移動の流れが明らかになっています。
春から初夏には北へ
3〜6月ごろには、南の地域から北へ向かう個体が多く見られます。
季節が進むにつれて本州各地でも姿が増え、夏には本州の山地など比較的涼しい場所でも見られるようになります。北海道まで到達する個体もいます。
すべての個体が同じ場所を出発して同じ目的地へ向かうわけではありません。広い範囲で繁殖しながら、季節とともに分布する場所を変えていきます。
秋には南へ向かう
9〜11月ごろになると、今度は南へ向かう移動が目立つようになります。
本州の山地などで見られていた個体が西日本や南西諸島へ移動し、さらに海を越えて台湾まで到達した例も確認されています。
秋には各地のフジバカマやヒヨドリバナなどの花に、多くのアサギマダラが集まることがあります。移動の途中で花を訪れながら、少しずつ南へ向かいます。
翅に文字を書いて移動を調べる
小さな蝶がどこまで移動したのかを明らかにしてきたのが、「マーキング調査」です。
捕まえたアサギマダラの翅に、場所や日付などの情報を書いてから放します。その個体が遠く離れた場所で再び見つかれば、どこからどこまで移動したのかを確認できます。
市民の観察も調査を支えてきた
アサギマダラのマーキングは、研究者だけで行われてきたものではありません。各地の観察者による記録も数多く集められてきました。
日本列島を大きく移動することや、日本と台湾などの間を移動することも、こうした記録の積み重ねによって分かってきました。
一頭ずつ記録を残して再発見を待つという単純な方法ですが、アサギマダラの暮らしを知るうえで大きな役割を果たしています。
風を利用しながら移動する
アサギマダラは、激しく羽ばたき続けるだけでなく、翅を広げて滑るように飛ぶことがあります。
長距離移動には季節の風も関係しています。これまでの記録では、春から初夏の北上は南西方向からの風、秋の南下は北東方向からの風と結びついています。
風に流されるだけで移動しているわけではありませんが、飛ぶ方向と季節の風が合うことで、長い距離を移動しやすくなります。
成虫はさまざまな花を訪れる
成虫は細長い口を伸ばし、花の蜜を吸います。
アザミ類やヒヨドリバナ類など、さまざまな花を利用します。秋にはフジバカマの花を訪れる姿が特によく知られており、アサギマダラを呼ぶためにフジバカマを植えている場所もあります。
オスは植物の成分も利用する
アサギマダラのオスにとって、一部の植物は蜜を得るだけの場所ではありません。
オスはピロリジジンアルカロイドと呼ばれる成分を含む植物を探し、花や植物体からその成分を取り込みます。フジバカマの仲間にも、このグループの成分が含まれています。
取り込んだ成分の一部は、オスが繁殖するときに使う香りの材料になります。
2018年の研究では、特定のピロリジジンアルカロイドを摂取したオスで交尾が確認され、植物から得る成分が繁殖行動にも深く関わっていることが示されました。
幼虫はキジョランやイケマを食べる
成虫がさまざまな花を利用するのに対して、幼虫が食べる植物は限られています。
代表的な食草がキジョランとイケマです。このほか、ガガイモやカモメヅルの仲間などを利用することもあります。
メスは食草に卵を産む
メスは幼虫が食べられる植物を探し、その葉に卵を産みます。
卵からかえった幼虫は葉を食べ、何度も脱皮しながら大きくなります。白、黒、黄色を組み合わせた目立つ模様があり、体の前後には細長い突起が伸びています。
幼虫は葉に丸い傷をつけてから食べる
キジョランの葉を見ると、丸く穴が開いていることがあります。これはアサギマダラの幼虫が残した特徴的な食痕である場合があります。
キジョランの葉を傷つけると、白い乳液が流れ出します。幼虫にとっても扱いにくい植物の防御です。
乳液の流れを弱める
若い幼虫は、いきなり葉の中央を食べ始めるのではありません。
まず葉の裏側から円を描くように傷をつけます。葉の中を通る乳液の流れを弱めてから、その円の内側を食べます。
その結果、葉には丸い穴が残ります。このように葉へ先に傷をつけてから食べる行動は「トレンチング」と呼ばれます。
成長した幼虫では、葉の付け根付近を傷つけ、葉全体の乳液の流れを弱めてから食べることもあります。
緑色に金色の斑点がある蛹
十分に成長した幼虫は食べるのをやめ、蛹になる場所を探します。
葉や枝などから逆さまにぶら下がり、鮮やかな緑色の蛹になります。蛹には金属のように光って見える斑点があり、アサギマダラの生活史の中でも印象的な姿です。
羽化が近づくと蛹の色が変化し、中にある成虫の翅の模様が透けて見えるようになります。
やがて蛹から成虫が出てきて翅を伸ばし、再び空を飛び始めます。
冬の過ごし方は地域によって違う
秋に南へ移動したアサギマダラは、温暖な地域で冬を過ごします。
関東以南の暖かな地域では、キジョランの葉の裏などで幼虫が冬を越す姿を見ることがあります。冬でも完全に活動を止めるわけではなく、暖かい日には葉を少しずつ食べながら成長します。
暖かい地域ではさまざまな姿で越冬する
南西諸島などの温暖・亜熱帯地域では、幼虫だけに限らず、卵や蛹などを含むさまざまな成長段階で冬を過ごします。
はっきりとした冬眠状態に入るのではなく、気温に応じて成長を続けます。
春になると新しい成虫が現れ、再び北へ向かう季節移動が始まります。
一頭がすべての旅をするわけではない
アサギマダラは「渡りをする蝶」と呼ばれますが、一頭の蝶が毎年同じ場所を往復しているわけではありません。
春から秋までの間には繁殖も行われます。途中で生まれた新しい世代も移動に加わりながら、季節とともに分布する地域が変化します。
長年のマーキングによって大まかな移動の流れは分かってきましたが、個々のアサギマダラが何を手がかりに移動方向を決めているのかなど、まだ分かっていないこともあります。
まとめ
- アサギマダラは淡い青色の翅を持つ大型の蝶です。
- 日本では北海道から南西諸島まで見られます。
- 春から初夏には北へ、秋には南へ移動する傾向があります。
- 日本から南西諸島や台湾へ海を越えて移動した個体も確認されています。
- 翅に情報を書くマーキング調査によって移動の様子が調べられてきました。
- 長距離移動には季節の風も関係しています。
- 成虫はフジバカマやヒヨドリバナなど、さまざまな花を訪れます。
- オスは植物からピロリジジンアルカロイドを取り込み、繁殖に利用します。
- 幼虫はキジョランやイケマなどを食べます。
- キジョランを食べる幼虫は、葉に丸い傷をつけて乳液の流れを弱めます。
- 関東以南などでは幼虫で冬を越す姿が見られ、温暖な地域ではほかの成長段階でも越冬します。
アサギマダラは、美しい翅だけでなく、季節に合わせて日本列島を大きく移動する暮らしを持っています。小さな体で海まで越える移動の様子は、長年続けられてきたマーキング調査によって明らかになってきました。
花を訪れる成虫やキジョランの葉を食べる幼虫も、その長い生活の一場面です。秋の花畑で見かけた一頭が、数百km離れた場所から飛んできた個体である可能性もあります。
主要参考文献・参照ソース
- GBIF / Catalogue of Life「Parantica sita」
- 森林総合研究所 多摩森林科学園「アサギマダラ」
- 森林総合研究所「アサギマダラの幼虫の賢い食事」
- 福田晴夫(2021)「日本,台湾,アジア大陸東縁におけるアサギマダラの季節的移動」『蝶と蛾』72巻3-4号
- Honda, K. et al. (2018). “Uptake of plant-derived specific alkaloids allows males of a butterfly to copulate.” Scientific Reports, 8, 5516.

