秋になると、森林の近くや街灯の周辺で非常に大きなガを見かけることがあります。
黄褐色や茶色の大きな翅には丸い模様があり、太い体はふさふさとした毛に覆われています。この大型のガがヤママユ(学名:Antheraea yamamai)です。一般にヤママユガと呼ばれることもあります。
成虫の大きさだけでなく、幼虫が作る鮮やかな緑色の繭も特徴です。この繭から得られる糸は「天蚕糸」と呼ばれ、一般的なカイコの絹とは異なる素材として利用されてきました。
また、幼虫の時期には木の葉を大量に食べる一方、成虫になると基本的に食事をしません。
ここでは、ヤママユガの大きさや幼虫、食べ物、緑色の繭、一生について紹介します。
翅を広げると10センチを超える大型のガ
ヤママユガは、日本で見られるガの中でも特に大型です。
成虫が翅を広げた大きさは、およそ11〜15センチほどになります。個体によって色の違いが大きく、黄色っぽいものから黄褐色、赤褐色までさまざまです。
4枚の翅には、それぞれ丸い模様があります。
この模様は単純な黒い斑点ではなく、中心が透けて見えるような独特の形をしています。ヤママユガの仲間には同じような模様を持つ種類が多く、大型の翅とともに特徴のひとつになっています。
オスとメスでは触角の形にも違いがあります。
特にオスの触角は幅が広く、細かな枝が左右に並んだ羽毛のような形をしています。これはメスが出す匂いを感じ取り、交尾相手を探すために役立ちます。
成虫は主に夜に活動します。灯りに飛んでくることもあるため、森林の近くでは街灯や建物の壁などに止まっている姿が見つかることがあります。
幼虫はコナラやクヌギの葉を食べる
卵から生まれた幼虫は、木の葉を食べながら成長します。
特によく利用するのが、コナラやクヌギ、カシなどのドングリをつける木です。
生まれたばかりの幼虫は小さく、黒や黄色が目立つ姿をしています。しかし、脱皮を繰り返して大きくなると、体は鮮やかな緑色へ変化します。
成長した幼虫は太く、体の表面には細かな毛や突起があります。
葉と似た緑色をしているため、木の上では意外と見つけにくい姿です。
ヤママユガは成虫になるとほとんど食事をしないため、一生のうちに必要な栄養の多くを幼虫の時期に蓄えます。
そのため幼虫にとって、葉を食べて体を大きくすることは非常に重要です。
卵の状態で冬を越す
ヤママユガは、基本的に一年に一度成虫が現れます。
夏の終わりから秋に成虫が現れ、交尾したメスが木の枝などに卵を産みます。
卵はそのまま冬を越します。
春になって木々の葉が開き始めると幼虫が孵化し、葉を食べながら成長します。何度か脱皮した後、初夏から夏ごろになると繭を作ります。
その中で蛹となり、しばらく過ごした後、夏の終わりから秋に成虫が現れます。
つまりヤママユガは、
卵で冬を越す
↓
春に幼虫が生まれる
↓
夏に繭を作って蛹になる
↓
夏の終わりから秋に成虫になる
という流れで一年を過ごします。
成虫になると基本的に何も食べない
大きな体をしたヤママユガを見ると、「成虫も大量に食べるのでは」と思うかもしれません。しかし、成虫は基本的に食事をしません。
ヤママユガの仲間では、成虫になると食事をするための口が十分に発達しない種類が多くいます。
そのため、成虫になってから新たに大量の栄養を取ることはできません。
活動に必要なエネルギーは、幼虫のころに葉を食べて蓄えたものを利用します。
成虫の主な役割は成長ではなく、交尾相手を探して次の世代を残すことです。
大きな翅で夜の森を飛び回り、オスは発達した触角を使ってメスを探します。
幼虫時代にはひたすら葉を食べ、成虫になると食事をやめるという、非常にはっきりした生活の変化を持っています。
美しい緑色の繭を作る
ヤママユガの大きな特徴のひとつが、幼虫が作る繭です。
一般的なカイコの繭は白色や黄色ですが、ヤママユガの繭は黄緑色から鮮やかな緑色をしています。
十分に成長した幼虫は、木の葉などを利用しながら糸を吐き、自分の体を包むように繭を作ります。
完成した繭は丈夫で、その内部で幼虫が蛹へ変化します。この繭から取れる糸は「天蚕糸」と呼ばれています。
一般的なカイコから作られる絹とは見た目や性質が異なり、独特の光沢を持つ素材として知られてきました。
ヤママユガは野外でも生活するため、家畜化されたカイコとは異なる「野蚕」のひとつとして扱われています。
なぜ繭は緑色になる?
ヤママユガの繭が鮮やかな緑色になる仕組みも研究されています。
繭の色には、青色系と黄色系の色素が関係しています。特に興味深いのが、繭を作る前の幼虫が受ける光です。
実験では、幼虫が受ける光の強さによって青色色素の量が変化することが確認されています。
十分な光を受けた幼虫では緑色の繭が作られる一方、暗い環境では黄色っぽい繭になることがあります。
つまり、ヤママユガの繭の色は遺伝だけですべて決まっているわけではありません。
幼虫が繭を作るまでに経験した光の環境も、完成する繭の色に影響しています。
ヤママユガの美しい緑色の繭は、幼虫の体と周囲の環境の両方が関わって作られているのです。
天蚕糸は普通の絹とは違う
ヤママユガとカイコは、どちらも繭から絹を取ることができます。しかし、この2種類は別の昆虫です。
一般的な絹を作るカイコは、長い年月をかけて人間によって飼育されてきました。野外で自力で生活する能力も大きく変化しています。
一方、ヤママユガは自然の森林にも生息しています。そこから得られる天蚕糸は、一般的なカイコの絹より太く、独特の光沢や風合いを持っています。
緑色の繭そのものが美しいこともあり、日本では古くから特別な絹として利用されてきました。
ただし、ヤママユガから大量の絹を安定して取ることは簡単ではありません。
幼虫が生きた木の葉を食べることなど、一般的なカイコとは飼育方法にも違いがあります。
日本からヨーロッパにも渡った
ヤママユガは日本を含む東アジアに分布する昆虫です。ところが、現在ではヨーロッパの一部にも生息しています。
もともと自然にヨーロッパまで分布していたわけではありません。19世紀に、絹を生産する目的で東アジアからヨーロッパへ持ち込まれました。
その後、一部が野外で繁殖するようになり、現在ではオーストリアやスロベニア、クロアチアなどヨーロッパの複数地域で定着しています。
ヤママユガの幼虫が食べるナラ類の木はヨーロッパにも広く生えているため、野外でも生活できる環境がありました。
日本などに暮らしていた昆虫が、人間による絹の生産をきっかけに別の大陸へ渡り、その土地で野生化した例です。
ヤママユガとヤママユガ科は同じ意味ではない
「ヤママユガ」という名前は少し紛らわしいところがあります。
今回紹介している一種類の昆虫は、正式な和名では「ヤママユ」です。
一方、そのヤママユを含む大きな仲間全体を「ヤママユガ科」と呼びます。
ヤママユガ科には、日本でも知られているオオミズアオ、シンジュサン、クスサンなどが含まれています。
いずれも比較的大型の種類が多く、大きな翅や特徴的な模様を持っています。
日常的にはヤママユそのものを「ヤママユガ」と呼ぶこともありますが、「ヤママユ」と「ヤママユガ科」では指している範囲が違います。
まとめ
ヤママユガは、日本を含む東アジアに生息する大型のガです。
- 翅を広げると10センチを大きく超える
- 幼虫はコナラやクヌギなどの葉を食べる
- 卵の状態で冬を越す
- 基本的に一年に一度成虫が現れる
- 成虫になるとほとんど食事をしない
- 幼虫は緑色の美しい繭を作る
- 繭から得られる糸は天蚕糸と呼ばれる
- 繭の色には幼虫が受けた光も関係している
- 絹を生産する目的でヨーロッパにも持ち込まれた
巨大な成虫だけでなく、緑色の幼虫や美しい繭もヤママユガの大きな特徴です。
幼虫の間に葉を食べて成長し、緑色の繭の中で蛹となり、秋には食事をしない大型の成虫へ変化します。一年の中で姿も暮らし方も大きく変わる昆虫です。
📚主要参照元
- GBIF「Antheraea yamamai」
https://www.gbif.org/species/search?q=Antheraea%20yamamai - NCBI Taxonomy「Antheraea yamamai」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=7121 - Yamada, H. & Kato, Y. (2004). “Green colouration of cocoons in Antheraea yamamai: light-induced production of blue bilin in the larval haemolymph.” Journal of Insect Physiology, 50(5), 393–401.
- Kim et al. (2017). “Genome sequence of the Japanese oak silk moth, Antheraea yamamai: the first draft genome in the family Saturniidae.” GigaScience.

