小さな球体に詰まった生命の進化——ボルボックスの驚くべき生き方

その他小さな生き物

池や田んぼの水を汲んで日にかざしてみると、直径1ミリに満たないくらいの、緑色の小さな粒がゆらゆらと動いているのが見えることがあります。顕微鏡でのぞくと、その粒はきれいな球形をしていて、くるくると回転しながら水中を泳いでいます。

これが緑藻の一種、ボルボックス(Volvox)です。

1700年、オランダの商人でありながら独学で顕微鏡を作り、微生物の世界を切り開いたアントニ・ファン・レーウェンフックが、水路の水の中にこの球体を見つけて記録に残したのが最初の観察とされています。以来300年以上にわたり、多くの研究者がこの生き物に注目してきました。理由のひとつは、ボルボックスが「単細胞生物から多細胞生物へと進化していく過程」を考えるうえで手がかりになる生き物だと考えられているからです。

この記事では、ボルボックスの体のつくり、増え方、光への反応、そして死に方について、研究で分かっていることを整理しながら紹介します。


1. 「転がるもの」という名前どおりの姿

ボルボックスという名前は、ラテン語で「転がる」「回転する」を意味する言葉に由来すると考えられています。その名のとおり、水中で体の軸を保ちながらくるくると回転して進みます。

大きさは種によって差があり、0.5ミリ前後のものから、大きなものでは1ミリを超える種もいるとされています。条件がよければ肉眼でも小さな緑の点として見えることがあります。

一見すると1個の大きな細胞のようにも見えますが、実際には小さな細胞がたくさん集まってできた中空の球体(専門的には「コエノビウム」と呼ばれる定形の細胞群体)です。表面には、単細胞緑藻のクラミドモナスによく似た小さな体細胞が多数配置されています。その数は種によって幅があり、比較的小型なVolvox carteriでは数千個程度、大型の種(Volvox barberiなど)では最大5万個前後に達するとされています。

球体の内部は透明でゼリー状の物質(糖とタンパク質からなる細胞外基質)で満たされており、表面の細胞どうしは非常に細い糸状の管(細胞質連絡)でつながっています。この管は、発生過程の胚へ栄養を供給する役割や、群体の構造を維持・制御する役割を果たしていると考えられています(なお、成熟過程でこの接続が消失する種も存在します)。

単純な群れから複雑な社会へ——段階的な変化を映す「モデル仲間たち」

ボルボックスが研究者を引きつけてきた大きな理由は、現存する近縁の仲間たちを並べると、多細胞化や細胞の役割分担がどのように進化したのかを比較・考察するためのモデルとして優れているためです。

  • クラミドモナス:1個の細胞ですべての機能をまかなう単細胞生物
  • ゴニウム:十数個ほどの細胞が板状または軽く湾曲した形で並ぶ、ごく単純な群体
  • パンドリナ・ユードリナ:十数〜30個程度の細胞が球状に集まった群体。この段階では細胞の役割分担はまだはっきりしていません
  • プレオドリナ:数十〜100個程度まで細胞数が増え、前方の一部の細胞が運動専門になり生殖できなくなる、役割分担の初期段階が見られます
  • ボルボックス:数千〜数万個の細胞からなり、「体を動かす細胞」と「子孫を残す細胞」の役割分担がはっきり分かれています

なお、これらの細胞数は種や文献によって幅があり、上の数字はあくまで目安です。

2010年に発表されたゲノム解読の研究では、興味深い結果が報告されています。単細胞のクラミドモナスと多細胞のボルボックスの遺伝子の数を比べたところ、どちらもおよそ1万4500個前後と、大きな違いは見られませんでした。
つまり、多細胞化には遺伝子の総数を大幅に増やすことよりも、既存の遺伝子を「いつ・どこで・どのように使うか」という発現制御の変化が重要であった可能性が高いと考えられています。

3. 泳ぐ係と、子を生す係——役割分担のしくみ

ボルボックスの体には、大きく分けて2種類の細胞があります。

体細胞は、球の表面を覆う小さな細胞たちです。2本の鞭毛を波打たせて泳ぎ、葉緑体で光合成も行いますが、自分では分裂して増えることができません。

生殖細胞(ゴニディア)は、球の内側にまばらに配置された、体細胞より一回り大きな細胞です。Volvox carteriの場合、1つの群体あたり十数個ほどとされています。鞭毛を持たず自力では泳げませんが、分裂を繰り返して次の世代の群体を作り出す役割を担っています。

なぜこのような分業が生まれたのでしょうか。単細胞の祖先では、細胞分裂の際に鞭毛の付け根にある構造が染色体を分ける作業にも使われるため、分裂している間は鞭毛を動かせず、泳ぎを止めなければならないという制約があったと考えられています。水面近くから沈んでしまえば光合成に必要な光が届きにくくなるため、これは生存上のリスクになります。

そこでボルボックスの系統では、「泳ぎと光合成に専念する体細胞」と「繁殖に専念する生殖細胞」に役割を分けることで、常に泳ぎ続けながら安全に次世代を育てるという仕組みを獲得したのではないか、と考えられています。

4. 裏返って生まれる——「反転(インバージョン)」という現象

ボルボックスの無性生殖には、発生生物学の分野でたびたび注目されてきた特徴的な過程があります。それが「反転(インバージョン)」と呼ばれる現象です。

親の内側にある生殖細胞は分裂を繰り返し、小さな球状の胚(娘コロニー)を作ります。ところが、分裂が終わったばかりの胚には問題があります。泳ぐための鞭毛が生える側が、球の「内側」を向いた状態になっているのです。このままでは外に出ても泳ぐことができません。

そこで胚は、自分自身をひっくり返すという大がかりな変形を行います。おおまかな流れは次のようになります。

  1. 開口部周辺の細胞が細長く変形し、細胞シートに強い曲率が生じる
  2. InvAというキネシンの一種のモータータンパク質が、細胞をつなぐ管(細胞質連絡)を介して細胞の移動を促す
  3. その結果、開口部周辺の「屈曲領域」が後方へ移動し、胚全体がめくれるように反転していく
  4. 反転が進むにつれて、鞭毛の生える側が球の外側へ向きを変える
  5. 鞭毛が外側を向いた、泳ぐことのできる娘コロニーが完成する

この反転運動は、動物の受精卵が体の基本構造を作っていく過程(原腸形成など)と力学的に似た点があるとされ、体がどのように形作られるかを調べるモデルとして研究されています。

5. 脳がなくても光の方へ——集団で光に反応するしくみ

ボルボックスには目も脳も神経系もありません。それでも、光が差し込む方向を感じ取り、その方向へ向かって泳いでいくことができます。この性質は「正の走光性」と呼ばれます。

体細胞の一部には「眼点」と呼ばれる赤褐色の光受容構造があり、そのすぐ近くの細胞膜上に光を感じ取るタンパク質(チャネルロドプシン)が存在します。このタンパク質は、光が当たると細胞内にイオンの流れを生じさせ、それが鞭毛の動き方を変化させる引き金になると考えられています。

なお、このチャネルロドプシンは、ヒトなど動物の目にある視物質とは由来の異なる、微生物に見られる系統のタンパク質です。レチナールという色素を使う点などは動物と共通していますが、動物の視物質(受容体型)とは異なり、光を受けると直接イオンを通す「チャネル型」として機能します。研究の応用として、動物の神経細胞を光で操作する「オプトジェネティクス」という技術にも利用されていますが、動物の視物質そのものと同じ仲間というわけではありません。

興味深いことに、球のすべての細胞が同じように眼点を持っているわけではなく、進行方向の前方にある細胞ほど眼点が大きく発達している傾向があるとされています。回転しながら泳ぐ中で光を受けると、細胞ごとに鞭毛の拍動応答が変化し、その積み重ねによって球体全体の進行方向が自然と光の方向へ修正されていくと考えられています。

司令塔となる神経系がなくても、細胞ごとの物理的な反応の積み重ねだけでこうした方向調整が実現している点は、この生き物の面白さのひとつです。

6. 極限まで薄めても届く合図と、子を送り出したあとの体細胞

普段は無性生殖でクローンを増やしていくボルボックスですが、環境が悪化すると有性生殖へ切り替わることがあります。

Volvox carteriを対象にした研究では、ストレスを受けた個体が「性誘導フェロモン」と呼ばれる微量な物質を水中に放出することが報告されています。この物質は非常に低い濃度でも効果を持つとされ、研究では1リットルあたり10のマイナス16乗モル($10^{-16}\text{ mol/L}$)を下回る極めて低い濃度でも、未分化の細胞が反応して雄・雌の群体へと変化を始めることが確認されています。これは、生物が使う化学的な合図の中でもとりわけ低い濃度で働く例のひとつとして紹介されることがあります。

雄の群体が作る精子の束は泳いで雌の群体にたどり着き、受精が起こります。できた受精卵は厚い壁に覆われた休眠状態(接合子)となり、池が干上がったり冬を迎えたりしても、しばらくの間は生き延びられるとされています。そして再び水がたまると発芽し、新しい世代のサイクルが始まります。

子供の群体を外へ送り出したあと、残された親の体細胞はどうなるのでしょうか。体細胞はもともと分裂して増える能力を持っておらず、子コロニーが親から放出された後、親の体細胞はプログラムされた細胞死へと進みます。この現象は、動植物に見られる「プログラム細胞死」と共通する部分を持つ仕組みとして研究されています。

単細胞生物であれば、1つの細胞の死はそのまま個体の終わりを意味します。しかし多細胞化したボルボックスでは、生殖細胞が次世代を担う一方、体細胞は一定期間だけ運動や光合成を担って役割を終えると死ぬという、生殖系列と体細胞系列の明確な役割分担が成立していると考えられています。研究者の間では、こうした体細胞の死を、群体全体の存続を優先する仕組みとして捉える見方があります。

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まとめ

顕微鏡の中でくるくると回る小さな緑色の球体、ボルボックス。その姿は単純に見えますが、そこには生命が「一つの細胞」から「役割を分担する集団」へと変化していく過程を考えるための、興味深い仕組みが詰まっています。

ボルボックスでは、泳いで光合成をする体細胞と、次の世代を生み出す生殖細胞が役割を分担しています。さらに、生まれたばかりの娘コロニーが自分自身を反転させて泳げる形になる「反転」や、脳や神経系がなくても細胞同士の反応によって光の方向へ泳ぐ「走光性」など、驚くほど巧妙な仕組みも備えています。

そして、子孫を送り出した後には体細胞が役目を終えて死んでいきます。これは、細胞ごとに異なる役割を持ち、それぞれが群体の中で働くという、多細胞化の重要な特徴のひとつです。

ボルボックスそのものが、単細胞生物から多細胞生物へ進化する途中の生き物というわけではありません。しかし、近縁のさまざまな藻類と比較することで、細胞が集まり、役割を分担し、ひとつのまとまりとして機能するようになるまでに、生命がどのような変化を遂げてきたのかを考えることができます。

わずか1ミリにも満たない緑色の球体。その中には、生命が複雑になっていく進化の謎を考えるための、たくさんのヒントが隠されているのです。

参考文献

  1. Kirk, D. L. (1998). Volvox: Molecular-Genetic Origins of Multicellularity and Cellular Differentiation. Cambridge University Press.
  2. Prochnik, S. E., et al. (2010). “Using the Volvox carteri genome to investigate the origins of multicellularity and cellular differentiation.” Science, 329(5988), 223-226. DOI: 10.1126/science.1188800
  3. Nishii, I., & Miller, S. M. (2010). “Volvox: a simple algal model for embryogenesis, morphogenesis and cellular differentiation.” Developmental Biology, 347(1), 1-12. DOI: 10.1016/j.ydbio.2010.07.024
  4. Ueki, N., & Nishii, I. (2009). “Controlled cellular alternation in Volvox carteri.” Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 106(17), 7040-7045. DOI: 10.1073/pnas.0811495106
  5. Hallmann, A. (2006). “Morphogenesis in Volvox: how a multicellular organism assumes its shape.” BioEssays, 28(11), 1117-1128. DOI: 10.1002/bies.20485
  6. Encyclopedia Britannica. “Volvox – green algae genus”. Britannica.com
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