世界三大奇虫ヒヨケムシ | 生態や毒の有無、速さを解説

その他小さな生き物

砂漠の地面を素早く走り、体の前方には大きなアゴのような器官を持つヒヨケムシ。

クモにもサソリにも似ていますが、そのどちらでもありません。クモやサソリと同じクモ形類に含まれ、「ヒヨケムシ目」という独立したグループを作っています。

日本ではウデムシ、サソリモドキとともに「世界三大奇虫」と呼ばれることもあります。

巨大なアゴ、素早い動き、全身を覆う毛などから恐ろしい生きものとして語られることもありますが、「猛毒を持つ」「人間を走って追いかける」といった話の多くは事実とは異なります。

今回は、ヒヨケムシの体の特徴や生息地、食べ物、速さ、繁殖などについて紹介します。


ヒヨケムシとは

ヒヨケムシは、クモ形綱ヒヨケムシ目に属する節足動物です。

英語では「camel spider(キャメルスパイダー)」「sun spider」「wind scorpion」など、さまざまな名前で呼ばれています。

現在では世界から1,220種が知られており、アフリカ、中東、中央アジア、南北アメリカなどに広く分布しています。

特に砂漠や半砂漠などの乾燥した地域に多いものの、すべての種類が砂漠だけに暮らしているわけではありません。

大きさにも種類による差があり、体長数ミリメートルほどの小型種から、数センチメートルになる大型種までいます。

世界三大奇虫の一つ

日本ではヒヨケムシ、ウデムシ、サソリモドキの3つが「世界三大奇虫」と呼ばれることがあります。

いずれも名前に「虫」と付きますが、昆虫ではありません。3種ともクモやサソリと同じクモ形類です。

ただし、それぞれ別のグループに属しています。

ウデムシは長い前脚とトゲのある触肢、サソリモドキは細長い尾と刺激性の液体を放出する能力を持ちます。

ヒヨケムシを特徴づけるのは、大きく発達した鋏角と、地面を活発に走り回る暮らしです。

巨大な鋏角を持つ

ヒヨケムシで最も目立つのが、体の前方にある巨大な「鋏角」です。

左右に一つずつあり、それぞれが上下に開閉します。見た目は大きなハサミやアゴのようです。

ヒヨケムシの鋏角は体に対して非常に大きく、獲物を捕らえたり、細かく砕いたりするために使われます。

ほかにも穴を掘ったり、身を守ったり、繁殖の際に使ったりと、さまざまな場面で働きます。

獲物を細かくして食べる

ヒヨケムシは捕らえた獲物を鋏角で押さえ、細かく砕きながら食べます。

左右の鋏角を動かして獲物の外骨格を壊し、消化液によって柔らかくした部分を取り込みます。

クモのように毒を注入して獲物を動けなくするのではなく、発達した鋏角そのものが大きな武器になっています。

鋏角の大きさや歯の形は種類によって異なり、ヒヨケムシを分類する際にも重要な特徴です。

脚のように見える「触肢」

ヒヨケムシを正面から見ると、脚が10本あるように見えることがあります。しかし、本当の脚はほかのクモ形類と同じ8本です。

さらにその前方に、一対の「触肢」が伸びています。これが脚によく似ているため、10本脚のように見えるのです。

触肢には多くの感覚毛があり、ヒヨケムシは地面などに触れながら周囲を探ります。

温度や湿度、化学的な情報などを感じ取る働きがあると考えられています。

触肢の先端には吸着器官がある

ヒヨケムシの触肢には、さらに変わった仕組みがあります。

先端に「吸着器官」と呼ばれる小さな構造があり、必要なときだけ外へ出すことができます。

主な役割は獲物を捕らえることです。獲物へ触肢を伸ばし、吸着器官でつかまえて鋏角の近くまで引き寄せます。

滑らかな面を登るときにも使われ、触肢の先端を付着させながら体を引き上げることがあります。

8本の脚のうち6本で歩く

ヒヨケムシには4対8本の脚があります。しかし、一番前にある第1脚は細く、通常の歩行には使われません。

第1脚も周囲を探る感覚器として働き、実際に体を支えて歩くのは後ろの3対、合計6本の脚です。

そのためヒヨケムシは、触肢と第1脚で周囲を探りながら、残りの脚で地面を走るという独特な移動をします。

後脚にあるラケット状の感覚器

最後方にある第4脚の裏側には、「ラケット器官」や「マレオリ」と呼ばれる小さな構造があります。

名前の通り、小さなラケットや扇のような形をしています。

周囲の化学物質を感じ取る感覚器として働くことが知られており、ヒヨケムシに特有の器官です。

ヒヨケムシは目だけで周囲を判断しているのではなく、触肢、第1脚、ラケット器官など、体の各所にある感覚器から情報を集めています。

砂漠などの乾燥した地域に多い

ヒヨケムシは、乾燥した環境を中心に世界の広い範囲に分布しています。

多く見られるのは、

  • 砂漠
  • 半砂漠
  • 乾燥した草原
  • 砂丘
  • 岩の多い土地

などです。

南部アフリカには、砂の中を潜ることに適応した種類もいます。

一方で、比較的湿った草原や森林などに暮らす種類もあり、すべてのヒヨケムシが典型的な砂漠の生きものというわけではありません。

昼間は穴や物陰に隠れる

ヒヨケムシの多くは夜行性です。

昼間は地面に掘った穴や石の下などに隠れ、夜になると外へ出て獲物を探します。

「ヒヨケムシ」という名前も、日光を避けるような暮らしと結びついたものです。

ただし、なかには昼間に活動する種類も知られています。

巣穴はさまざまな場面で使われる

ヒヨケムシにとって、地面に掘った穴は重要な場所です。

昼間の隠れ場所になるだけでなく、

  • 脱皮
  • 食後の休息
  • 産卵

などにも利用されます。

乾燥地帯では地表の温度が大きく変化しますが、地中では温度や湿度の変化が比較的小さくなります。

穴を利用する暮らしは、厳しい乾燥地帯で生活するうえでも役立っています。

ヒヨケムシはどれくらい速い?

ヒヨケムシは、動きの速いクモ形類として知られています。

長い脚を素早く動かして走るため、実際に目の前で見るとかなりの速さに感じられます。

一方で、「時速40kmで走る」「走っている人間に追いつく」といった話は大幅な誇張です。

速いヒヨケムシでは、秒速約53cmで走る例が知られています。時速に換算すると約1.9kmです。

小さな体で秒速50cmほど移動するため非常に素早く見えますが、人間より速く走るような動物ではありません。

本当に人間を追いかける?

ヒヨケムシには「人間を追いかけてくる」という有名な話があります。

特に中東では、兵士が巨大なヒヨケムシに追い回されたといった話が広まり、恐ろしい生きものというイメージにつながりました。

しかし、ヒヨケムシが人間を獲物として追跡しているわけではありません。暑い昼間には直射日光を避け、物陰へ移動しようとすることがあります。

人の影に入ったヒヨケムシから人が離れると、影も一緒に動きます。ヒヨケムシが再び影へ移動すると、人間からは自分を追いかけているように見えることがあります。

名前通り、「人」ではなく「日差し」を避けているのです。夜間には光へ近づくこともあり、照明やキャンプの明かりの周辺に現れる場合があります。

ヒヨケムシは何を食べる?

ヒヨケムシは肉食性で、自分から獲物を探して歩き回る捕食者です。

主に、

  • 昆虫
  • クモ
  • サソリ
  • ムカデなどの多足類
  • そのほかの小型節足動物

などを捕食します。

種類や大きさによって食べ物は異なり、大型種では小型のトカゲなどの脊椎動物を捕らえた例も知られています。

ただし、食生活について詳しく調べられている種類はまだ一部です。多くの種類は特定の獲物だけを狙うのではなく、捕まえられるさまざまな小動物を食べています。

ヒヨケムシに毒はある?

ヒヨケムシには、クモのような一般的な毒腺や毒を注入する器官は知られていません。そのため、毒によって獲物を倒す生きものではありません。

獲物を仕留める主な武器は、大きく発達した鋏角です。

過去にはインドの1種について毒性を示唆する報告が出されたことがありますが、ヒヨケムシに一般的な毒器官が存在することを示すものではありません。

大型のヒヨケムシに噛まれれば鋏角によって皮膚を傷つける可能性はありますが、人間を獲物として積極的に襲う生きものではありません。

鋏角から音を出す種類もいる

一部のヒヨケムシは、体の一部をこすり合わせて音を出すことがあります。

鋏角には細かな構造があり、これらをこすり合わせることで、かすかな音を出す種類が知られています。敵に対する威嚇などに使われていると考えられています。

ただし、ヒヨケムシが「叫び声を上げながら人間を追いかける」といった話は事実ではありません。

繁殖にも巨大な鋏角を使う

ヒヨケムシは繁殖の際にも鋏角を使います。

交尾の方法にはグループによる違いがありますが、多くの種類では、オスが精子を含む小さな塊をメスへ渡します。

オスは鋏角を使って精子をメスの生殖口へ運んだり、受け渡しを助けたりします。

一部の北米産ヒヨケムシでは、精子をいったん地面から拾い上げる方法とは異なり、メスの生殖口付近へ直接受け渡す行動も知られています。

獲物を捕らえるための巨大な鋏角が、繁殖でも重要な役割を持っているのです。

メスは地中などに卵を産む

交尾を終えたメスは、地面に掘った穴などに卵を産みます。産む卵の数は種類によって異なります。

一部の種類では、産卵後のメスが穴の中にとどまり、卵を守る行動も確認されています。

孵化したばかりの子どもは成体とは姿が異なり、白っぽく、脚なども十分には発達していません。その後、脱皮を繰り返しながら成長していきます。

ヒヨケムシは研究が難しいこともあり、野生での成長や寿命など、まだ十分に分かっていない部分も多く残されています。

日本にヒヨケムシはいる?

現在の世界的な分布記録では、日本に自然分布するヒヨケムシは知られていません。

ヒヨケムシはアフリカ、中東、中央アジア、南北アメリカなどを中心に分布しており、日本の野外で普通に見られるクモ形類ではありません。

そのため、日本ではウデムシやサソリモドキと並んで名前を聞くことはあっても、野生の姿を見る機会はほとんどありません。

ヒヨケムシは飼育できる?

ヒヨケムシは飼育下で育てることもできます。しかし、クモやサソリに比べると飼育に関する情報が少なく、長期間の飼育や繁殖について詳しく分かっていない種類も多くいます。

研究でも飼育下で観察された例はありますが、卵から成体まで育てることに成功した記録は限られています。そのため、飼育しやすい生きものとはいえません。

穴を掘れる環境を用意する

多くのヒヨケムシは地面に穴を掘ったり、石などの下に隠れたりして過ごします。

巣穴は昼間の隠れ場所になるだけでなく、脱皮や食後の休息、産卵にも使われます。

そのため、飼育する場合は穴を掘れるだけの床材を用意し、隠れられる場所も作ります。

砂漠に暮らす種類が多いからといって、飼育容器全体を極端に高温・乾燥させる必要はありません。野生でも巣穴へ入ることで、地表の厳しい暑さや乾燥を避けています。

必要な温度や湿度は種類によって異なるため、その個体の生息地に合わせて環境を整える必要があります。

餌には小型の生きものを与える

ヒヨケムシは肉食性で、野生では昆虫やクモなどさまざまな小動物を捕食します。

飼育下でも、体の大きさに合った昆虫などを餌として利用できます。獲物を見つけると触肢で捕らえ、大きな鋏角で細かくしながら食べます。

食べ残した餌は放置せず、特に脱皮に入った個体の周囲には生きた餌を残さないようにします。

観察を中心にした飼育に向いている

ヒヨケムシは動きが速く、大きな鋏角も持っています。

人を積極的に襲う生きものではありませんが、大型の個体に噛まれれば傷になる可能性があります。そのため、手に乗せて触れ合うより、容器の中で捕食や穴掘りなどの行動を観察する飼育に向いています。

また、ヒヨケムシは生態そのものが十分に研究されていないグループです。種類によって必要な環境も異なるため、入手した種類を確認したうえで飼育環境を整える必要があります。

飼育自体は可能ですが、一般的な昆虫やクモと比べると情報が少なく、やや難易度の高い生きものです。

まとめ

  • ヒヨケムシはクモ形綱ヒヨケムシ目に属し、現在では1,220種が知られています。
  • 日本ではウデムシ、サソリモドキとともに「世界三大奇虫」と呼ばれることがあります。
  • 体の前方には非常に大きな鋏角があり、獲物を捕らえて砕くために使います。
  • 脚のように見える触肢の先には、獲物を捕らえるための吸着器官があります。
  • 8本の脚のうち、第1脚は主に感覚器として働き、後ろの6本で歩きます。
  • 主に乾燥した地域に生息し、多くの種類は夜行性です。
  • 動きは速いものの、人間より速く走るといった話は誇張です。
  • 人を追いかけているように見えることがありますが、暑い場所では人の影を利用しようとすることがあります。
  • 一般的な毒器官は知られておらず、大きな鋏角を武器にして獲物を捕らえます。
  • メスは地中などに卵を産み、一部の種類では卵を守ります。

ヒヨケムシは、巨大な鋏角と素早い動きから恐ろしい生きものとして語られがちです。

しかし、その体を詳しく見ると、獲物をつかむ吸着器官、周囲を探る触肢や第1脚、化学物質を感じ取るラケット器官など、独特な仕組みが数多く備わっています。

強烈な見た目だけでなく、乾燥した土地で獲物を探して生きるための体のつくりこそ、ヒヨケムシの面白さといえるでしょう。

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主要参考文献

  • World Arachnida Catalog「World Solifugae Catalog」
  • American Arachnological Society「Camel Spiders (Arachnida: Solifugae)」
  • Solifugae.org, Denver Museum of Nature & Science
  • Cushing et al. (2005)「The suctorial organ of the Solifugae (Arachnida, Solifugae)」Arthropod Structure & Development
  • Peretti et al. (2021)「Solifuge reproductive biology: an untapped taxon for exploring sexual selection」The Journal of Arachnology
  • Defense Centers for Public Health-Aberdeen「Camel Spider」
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